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長男の保育園通いの頃から、仲良しママさんグループがいた。
最初は7〜8人だったが、いつの間にか4人のママさんグループになっていた。
長男はすでに22歳になるから、かれこれ20年近い付き合いになるが、未だに集まってお互いの(もちろんママの)誕生会までする付き合いだ。
20年前はこの4組の親子の家庭は、3組が夫帯であった。
20年後は反対に、3組がシングルマザーになっていた。
おかしなことに、このシングルマザーの旧姓と新姓は皆変らないことだった。
つまり、もともと同姓同士の結婚だった訳だ。
私は嫁ぐ前も嫁いだ後も、姓は同じである。
そして今も変らぬ姓を名乗っている。
私の義理妹は、嫁いでから私と同姓同名になった。
義理父母は、二人の区別に頭をかかえ、呼び名を工夫して<東京の・・・>とか呼んでいた。
あれから何年も過ぎ、私も彼女もなんとシングルマザーになってしまった。
彼女の名誉のために補足するが、彼女は死別である。
そしていまだに、二人同じ名前である。
かつては、名前から人物の性格がなんとなく連想できるような気がしたし、健康や社会的成功のために改名することもあった。
名前の中に子供の将来を託す両親の愛情が感じられるし、またそれだけ重要視されているわけでもあるのだろう
してみると、私の数少ない経験は偶然の必然で、そうなるべくしてなった名前の運命なのだろうか。
一人かってに思いおかしんでいる、初夏のプライベートクリニックの一室である。
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