平成16年12月にここ板橋に開院して、早二年が過ぎた。
一日患者数0名という日もあったが、それ以降順調に来院数は増えてきた。
診察をするにあたって一番心がけているのは、<私が、患者さんだったら・・・>ということだ。
私が玄関を入り、診察室のドアを開けこの椅子に座ったらどう感じるか、そしてどう感じて帰っていくか?
女性クリニックに、患者さんは何を求めているか?
女性のきわめてデリケートな器官を診察するのだから、いかにリラックスしてスムースに診察が行えるか?
プライバシーの保護と納得のいく説明と結果。
単純な一つの症状には、言うに言えない生活のストレスがひそんでいることが多い。
だから自分を患者さんの立場に置き換えて、接するように心がけている。
開業医の世界に生まれおちた私は、本当はかなり我儘で意地悪な子供だったと思う。
他人を思いやるかけらもなかったと思う。
姉弟の中で、生存競争こそ激しかったが周囲からはちやほやと育てられた。
そんな私を強くいわゆるまっとうな人間に育ててくれたのは、清く正しい両親と12歳から始めた運動(テニス)を通しての世界。
その後は、社会に出てからの数々の試練だった。
この試練には、我ながらよく耐えてきたものだと思う。
受験の失敗(よくあること)、結婚(当たり前)、DV、離婚、不登校、癌、肉親の病気や死。
とりあえず一通りの経験はできた。
その度に、自分が世界一不幸だと思って嘆いた。
しかし嘆いても決してあきらめはしなかった。
常に仕事は続け一日も休まなかったし、患者さんとは接していた。
もちろん自らもカウンセリングを受けたし、周囲の助言にも従った。
おかげで今は、多少他人の痛みが解るようになってきた。
自分の体調も回復したし、大変だった子供も半独立状態になった。
こうして自分のお城で、全力投球で仕事に打ち込めるようになった。
患者さんが診察室のドアを開けて入ってきた瞬間、私はその方と同じ心と身体になろうと努力する。
すると患者さんの主訴の下に潜んでいる、日常の大きなストレスを感じることができるし、そんな時は患者さんの瞳も訴えかけてくる。(氷山の一角は、わずかに海水からみると八分の一だそうだ)
時々外野の音が、その集中を邪魔する。
それはスタッフの声であったり、物を落とす音や扉をしめる音であったり、咳やくしゃみであったり。
たとえ仕事に関することであっても、目の前にいる患者さんと関係ないことでこの集中を乱してはいけないのだ。
スタッフとの集まりでこの話はよくするが、いまだパーフェクトな環境は作られていない。
めげずに又くりかえす。
快適なクリニックづくりの基本は、自分だったら、私だったらという視点から始まると思う。
しかし世の中には様々な性格のひとがいるし、私と感性が異なったひともいる。
その場合は、違う感性の先生を探してもらえばよいのかな?
ここで全ての女性を診ることは出来ないのだから。
毎日毎回、診察室のドアが開くのを楽しみにしている。
今度はどんな世界の方がやって来るのかな・・・。
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