みえこ院長エッセイ
第26回 母に想う

どんなに年をとっても、母親は醜くはならない。
昔聞いた言葉である。
子を思う母、母を思う子、その関係から湧き出た愛情がそんな視界を見せるのだろう。
現実に目の前にいる母は、年をとり皮膚はたるみ、その皮膚はシミでおおわれている。
しかし子にとっての老婆は、その姿の向こうに優しく若く美しくかぐわしい母としてうつっている。

2年前、母が入院した。
時々会ってはいたが、確かに母は毎回変化していた。
ついに実家でくらす母の介護に、家族が悲鳴をあげた。
初めて面会に行って会った母の姿に、私は涙がとまらなかった。
食事を自ら食べる気力のうせた頬骨は、驚くほどに突き出ていた。
50センチメートルほどの背たけの人形を、大切そうに抱いた母はきっと人生で一番幸せだった頃を夢みていたのだろう。
そして自分の食事を、その可愛い口に運んでいた。
母の顔からは微笑みは消え、回りの人もまったく認識できないようにうつろな目をしていた。

この状況を私が受け入れるまで数日かかった。
案外、早かったと自分でも思った。
その後は冷静に母を見ることができた。
訳のわからない話も、こちらから解釈をして返事をする。
あれから2年の歳月が流れた。
食欲はしっかりもどり顔の色艶はよくなったけれど、相変わらず目はうつろで最近は私の名前を呼ぶこともなくなった。
ここ数年の記憶の糸が、ぷっつりと切れてしまったらしい。
しかし、この上なく上品な老婆である。

今は悲しいと思うこともなくなった。
あるがままの人間の姿をうけいれ、このような経過をたどって人生を全うするのかと。
自分が冷酷な人間に思えないでもない。
職業柄、生と死を客観的に受け入れやすいのかも知れない。
母にとって毎日の生活は、記憶のない一瞬の感覚の積み重ねなのだろう。
自分の将来を悲観するでもなく、過去のプライドに苦しめられるでもない。
いつでも自分の一番幸せな一瞬に、もどることができる。
だから私は、その一瞬にむかって話しかける。
<今日は、何をしていたの?>と。


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